新藤充 教授
略歴
2010年 九州大学先導物質化学研究所 教授
2005年 九州大学先導物質化学研究所 准教授
2000年 科学技術振興事業団さきがけ21研究員 併任
1996年 徳島大学薬学部助教授(宍戸研)
1994年 東京大学薬学部 助手
1992年 米国 フロ リダ州立大学 博士研究員(R.A.Holton教授)
1990年 東京大学薬学部 教務職員(古賀研)
1990年 東京大学大学院薬学系研究科 博士課程 中退
1986年 東京大学薬学部卒(古賀研)
2005年 九州大学先導物質化学研究所 准教授
2000年 科学技術振興事業団さきがけ21研究員 併任
1996年 徳島大学薬学部助教授(宍戸研)
1994年 東京大学薬学部 助手
1992年 米国 フロ リダ州立大学 博士研究員(R.A.Holton教授)
1990年 東京大学薬学部 教務職員(古賀研)
1990年 東京大学大学院薬学系研究科 博士課程 中退
1986年 東京大学薬学部卒(古賀研)
大学院生~教務職員時代:有機リチウムを求核剤とする不斉反応の開発がテーマでした。金属を触媒化するのではなく、キラル配位子を触媒化するという今でいう有機触媒のはしり。50%eeがでたらお祝いに行くぐらいの創成期でした。隔世の感がありますね。古賀先生、富岡先生の厳しい!ご指導の下、最終的に触媒化と90%ee以上を達成して博士号をいただきました。
留学時代:Tallahasseeにあるフロリダ州立大学のHolton研に留学しタキソールの合成を目指しました。当時、タキソールの全合成は世界中で激しい先陣争いとなっていて30を超える研究チームがしのぎを削っていました。Holton研では私が留学していた1992~1994年に勝負をかけて一気に攻め込み、1993年12月9日に世界初の全合成を達成しました。その時のNicolaou研(スクリプス研究所、当時)Wender研(スタンフォード大)との死闘は語り草となっています。その顛末は拙著(現代化学1994年8月号東京化学同人)をご覧ください。たまたま私が最終工程(脱保護だって立派な反応なのだ!!)を担当したこともあり、大変良い思い出となりました。この合成法は今でも色あせない素晴らしい化学が満載ですので、大学院講義でお話ししています。
徳島大学助教授時代:帰国後、古賀先生のもとで助手を務めていましたところ、徳島大学薬学部の宍戸宏造先生からお声がけいただき、着任しました。ラボも建物もできたてほやほやで、何もないところから宍戸先生と一からの立ち上げで大変いい経験をさせていただきました。宍戸先生からは何をやってもよいと言われて(当時としてはかなり珍しい境遇?)イノラートの化学を始めました。一方で宍戸先生の元で全合成を勉強しました。徳島の豊かな自然環境の中で学生さんと有機化学に熱中しました。当時徳島大薬学部の近いちょっと上の世代の先生方(原島先生(現、北大)、二木先生(現、京大)、馬場先生(現、名大)、篠原先生(徳大)etc)との交流で大きな刺激をいただきました。また、運よく「さきがけ研究」に採択されNMRなど高度設備を整えることができ、研究が加速しました。
九州大学:縁あって九州大学先導物質化学研究所に異動しました。ここではイノラートの化学に加えて生物作用分子の合成とその応用に研究の幅を広げることにしました。イノラートの化学を起点として標的分子の合成、さらには合成した分子の作用解析まで一貫した研究を目指すことにしました。
ひとつはボンクレキン酸の合成法の大幅改善です。徳島時代に60工程で作りましたが、さすがにこれで量はきつい。多くの学生さんの不断の努力で総計30工程ぐらいまで短縮できました。特に、3つのセグメントを合成して、その連結に2工程、官能基変換が2工程と収束型合成として結構な出来栄えになりました。これは伊藤幸子さんの素晴らしい感性が光りました。さらに構造活性相関研究、構造を単純化した活性化合物の創製など発展しました。腕の立つ学生さんなら3か月で作れるはずです。
アレロパシー活性化合物の合成とその生物有機化学研究も立ち上げました。徳島大時代に藤井義晴先生(当時、農環研、現・東京農工大名誉教授)とご縁ができたのが端緒でした。横谷先生(筑波大)をご紹介いただき、ヒマワリのアレロケミカルであるsundiversifolideを合成し(当時の大槻(旧姓)恵子さんの獅子奮迅の働きは語り草となっています)、引き継いだ松尾和真博士が関連するxanthanolideをいくつも合成しました。このなかで、xanthatinに荒牧先生(第一薬科大)、竹田先生(福山大薬)が着目され共同研究が始まりました。今まで単なる毒と思われていたxanthatinが悪性乳がんの増殖抑制に極めて有効であることを見つけました。既存の抗がん剤エトポシドよりも効きます!20工程ぐらいの合成をサクサクできる合成化学者、全合成と医薬化学をやってみたい「骨のある」学生さん、お待ちしております!
この合成過程で分子内アシル化による7員環合成、銅触媒によるWittigラクトン化反応などいくつもの新しい反応を開発することができました。この銅触媒は対称マロン酸の非対称化にも有効で、要はチオエステルの活性化に極めて有効だということです。また、野焼きの煙成分で発芽促進活性のあるカリキノライドも合成し、これはGutjahr博士との共同研究に発展しました。
一方、藤井先生の農水省アレロパシープロジェクトに加えていただき、ユキヤナギ由来のアレロケミカルであるシス桂皮酸の生物有機化学研究を進めました。天然物小分子としてはかなり強い幼根成長抑制活性があり、その分子イメージング実験からシス桂皮酸が根の根冠付近に集積する様子が観察されました。ここで、発想の転換。根冠→コルメラ細胞→平衡石→重力センサーという植物生理学の教科書にある知見から、重力屈性阻害の可能性が浮上しました。そこで我々が合成した400を超えるシス桂皮酸誘導体から藤井Gで探索したところ、成長阻害が弱く、重力屈性阻害が強い化合物(ku-76)を見出しました。和佐野博士に感謝!!これは、新しい植物成長調節剤=農薬へと展開できます。さらに構造変換を進めて、ついに10 nMで効く超強力重力屈性阻害剤BMAを開発することができました。さらに強いmPCAも見つけました。これは5nMで効きます。構造も単純で合成もらくちんです。屈性阻害の仕組みも調べるべく、重力屈性の専門家である基礎生物学研究所の森田美代教授と西村博士にお願いして植物生理実験をしていただきました。その結果、オーキシンの極性輸送を阻害するようだが、その機構は従来の化合物とは異なることが明らかとなりました。成長阻害はしない重力屈性阻害剤ですので、将来的に枯らさない緑化調節剤や抑草剤として多方面で活躍できるのではないでしょうか。この論文をプレスリリースしましたところ、日経など7紙で報道されました。BMAは植物を枯らすような毒性はありません。根の伸長抑制もありません。重力屈性だけ抑制します。従って、根は地中深く潜ることなく、地表付近でうろうろします。ということは水分や養分の摂取が限られた範囲だけでしかできないので、成長が遅くなります。これは雑草がぼうぼうと繁茂するのを抑え、草刈りの労力を低減できます。線路や道路の法面、河原、送電線周辺、太陽光発電所、ゴルフ場など緑化を程よく保たせる必要のある場所に有効利用できると考えています。すなわち環境にやさしい緑化調節剤になるのです。共同研究者募集!!!
さて、イノラートの化学も大きく進展しています。カルボニルのオレフィン化を進め、アルキニルケトンやαオキシケトン、アシルシランなどで世界で初めて完璧な立体選択的4置換オレフィン化反応の開発に成功しました。反応もほぼ完ぺきで副生成物も全くない実に見事な反応です。この原理は森聖司助教授(当時、現茨城大理教授)との共同研究で明らかにしました。ここでは二次軌道相互作用がポイントとなります。古典的オレフィン化反応は多くの場合、カルボニル置換基の立体認識で選択性が決まりますが、我々の場合は、ある結合の反結合性軌道と切れつつあるオキセテンの炭素-酸素結合の結合性軌道との相互作用で決まるという斬新な機構です。
この4置換オレフィンそのものが新規性が高く、多くの新反応につながりました。Z-ベーターシリルアクリル酸のシリル基が分子内で活性化されて、Si-Me結合が温和な条件で切れる!ことを見つけました。これは当時の学生さん(松本健司博士、現・鹿児島大工学部教授)が丁寧な実験で見出したものです。ケイ素と炭素の結合がそんな簡単に切れるとは当初は信じられませんでした。これをきっかけに、フッ素イオン不要の檜山カップリングを見出しました。この論文を読んだ本家本元の檜山先生、中尾先生が分子内活性化の檜山カップリングをさらに展開させました。
やなぎ柳の下の2匹目のドジョウを狙って・・・これはまた後日、書きます。
多置換アルケンからベータージビニルケトンを作り、これをもとに高速新ナザロフ反応も見出しました。触媒量の強酸でほぼ瞬時に終わります。ベーター位のアルコシキ基がα位に転位する面白い反応で、不斉反応や天然物合成に展開しました。この反応は北君(徳大)がみつけ八道健太郎君が大きく発展させてくれました。最近になり、中性や塩基性でも進行するナザロフ反応も見出し、分子放出反応として新しい命が吹き込まれました。これで船津君は学位を取りました。古典的反応も現代風に知恵を挿入すれば精密合成反応になります。
イノラートは炭素ジアニオン等価体でもあります。ということは連続付加反応が設計できることになります。ケトンとイノラートとの環化付加でベーターラクトンエノラートが生成します。この中間体は強い求核性を持っています。ということで引き続き付加反応ができます。そこで開発したのがタンデム型[2+2]環化付加ーDieckmann反応です。これは最後に酸処理すると脱炭酸して多置換シクロアルケノンができます。イノラートは細長いスリムなイケメンです。まるで私みたい(嘘)。どんな細い道も潜り抜けて反応します。この特性を利用して、ステモナミンとイソステモナミンの不斉全合成を達成しました。隣が4級炭素のケトンに対しても瞬時で付加してしまう性質を利用したのです。このステモナミンはラセミ体で天然から採れた百部(ビャクブ)の一成分ですが、我々は世界で初めて光学活性体を単離することに成功しました。この化合物のラセミ化速度を決定し、その機構も解明しました。荒牧先生、竹田先生はこの化合物の抗ガン特性も明らかにしてくれました。
ジブロモエステル法でイノラートの生成に際しては、どうしてもドライアイスアセトン、すなわち低温冷却する必要があります。大量合成には少々やりにくい(昨今のドライアイスの高騰には怒)。そんな時、故 吉田潤一先生(京大院工)の研究Gに加えていただき、さらに馬場先生(名大院工)、渡慶次先生(名大院工、現北大院工)に助けていただき、フロー合成を始めました。これは工学的要素(センス)も必要ですので学生さんの創意工夫が生きてきます。ここで新藤研2期生の吉岩君が素晴らしい活躍をしました。当初は無機塩の析出に悩まされ、装置のあれやこれやと試していったところ、ようやくある方法にたどり着きイノラートのフロー合成ができるようになりました。その際に分かったことは、0℃ぐらいでブチルリチウムとジブロモエステルを混合してもいける!ということでした。ということはバッチ法で低温にするのは熱拡散が遅いから、ということで本質的な冷却は必要ないということです。これは発見でした。
ジブロモエステルの合成も実は問題でした。始めの20年はHell-Volhard-Zelinski反応をさらに条件をきつーくした方法(これは制限あり)やエステルエノラートの臭素化を2回行う方法で作っていましたが、大量に合成するには不向きでした。そこでアルデヒドはケトエノール化が容易に進行することに着眼し、アルデヒドのダブル臭素化(これが超簡単)に引き続く酸化エステル化の方法を見出し、>30gでどっさり合成できるようになりました。これは波多江君のM2の研究でサクっとできちゃいました(ホントかな?)。ところがtert-BuLiが国内販売中止となって、これはまずい、ということになり急遽、sec-BuLiで再度イノラートの生成を検討して、実は問題ないことが判明しました。ということでかなり安全に作れますよ。
(続く)